2010年11月7日日曜日

【BOOK REVIEW】デジタル時代の著作権

デジタル時代の著作権 (著)野口祐子



著作権の歴史や背景を振り返りながら今後の課題を示しており、示唆に富んだ一冊となっている。

著作権は「事実、アイディアは保護せず、表現のみを保護する」ことが大原則で、創造性のない表現は、たとえ表現であったとしても保護されない。
また、創作者には創作しただけで著作権という強大な権利が無条件に与えられ、利用する側に権利者を探すコストも利用することのリスクも全ての負荷がかかっている。
この2つは分かっているようで意外に認識されていないのではないだろうか。
特に2つ目の歪みを解消するには、特許法などと同じく権利を守ってほしい人だけが著作権を登録する仕組みに変えるという本書での提案は現実的だ。

著者は著作権法の最大の悲劇は、1886年に作成された著作権に関する基本条約であるベルヌ条約が改正されないことと指摘している。
120年も前に作成された時代錯誤な条約を改正するには、加盟国164カ国の全ての同意が必要となる。
しかしコンテンツの輸出国と輸入国で意見がバラバラの現在、改正は困難であり、各国で著作権法の例外はつくられるものの、世界的にはベルヌ条約の制約で制度改正の議論にたどり着かない場合が多いという。

本書では著作権法の事件が幾つか挙げられているが特に下記は興味深い。

1つ目はアメリカでのソニー事件だ。
これはソニーがビデオ録画機を販売した時に映画会社から訴えられ、2年間も裁判が行われたが著作権侵害の間接責任は問われなかったという事件である。
今や映画館での上映収入よりビデオグラム販売による収入が圧倒的に大きく、結果的には映画会社に新しいビジネスモデルと多大な利益をもたらしているというところがポイントだ。
要するに、既得権益ばかりにこだわりすぎると新しいビジネスチャンスを逃してしまうということであり、著作権の改正は法律面だけではなく利便性や経済性も考慮する必要があるということであろう。
また、裁判では国民が混乱するような判決は出しづらいため、ユーザーを広げデファクトにしてしまったら法律にも勝利できてしまうという側面もこの事件で分かる。

もう1つはエド・フェルトン事件である。
これは、大学教授であるエド・フェルトンが音楽保護技術のセキュリティホールを発見し論文で公表しようとしたことに対して、レコード協会側が著作権法違反だとして警告書を送りつけたため公表を断念したと言う事件。
海賊版業者のハッカーとは異なり、セキュリティの向上に貢献しようと研究してきたセキュリティ研究者を違法だとしたことで、その後セキュリティ研究者が大きく減ってしまったという。
これは長い目で見るとレコード協会は大きな損失を受けるはずだ。

また、近年話題になる著作権期間の延長についても興味深い。
ディズニーは著作権の切れた昔のグリム童話を利用してアニメをつくっており、著作権期間が有限であることの恩恵を享受しているはずなのに、ミッキーマウスの著作権が切れそうになるたびに著作権期間延長のロビイングをしているという。
もともと著作権法の前提としては、一定の期間を過ぎた古い著作物は社会の共有財産として還元し、表現の自由への制約をなくしていかなければならないという制度だったのにバランスを崩していると指摘している。
ディズニーやハリウッドにみられる様に、結局は著作権法も、政治団体との結びつきが強く影響力がある人達が法律をつくる側にポジショニングしているということなんだろう。

本書では著作権の背景が中心だが、同様のテーマとして発行されている
福井氏著作の「著作権の世紀」ではより実務的な内容も多いので併せて読むことをお勧めしたい。


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