コンテンツの秘密 ぼくがジブリで考えたこと (著)川上 量生
川上氏が、ジブリの鈴木プロデューサーや、宮崎駿、高畑勲、庵野秀明など名監督たちとの会話をヒントにコンテンツの定義について追求した本で、一つ一つの疑問を理論的に紐解いているため非常に面白い。
本書の本質とは異なるが、興味深かったエピソードを幾つかピックアップ。
1990年代にミリオンヒットを連発したビーインググループの創業者である長戸大幸氏によると、ボーカルの才能でいちばん重要な要素は歌詞がはっきりと聴き取りやすい声質であること。
当時ビーイングでは、街の雑音の中でも曲の歌詞が聞き取れるように、曲に比べてボーカルの音量を大きめのバランスに設定したという。カラオケの大流行もあり歌詞が聴き取りやすい事が重要だったのだそうだ。
音楽のプロやマニアからするとバランスが悪く聞こえるかもしれないが、ふつうの人ほど歌詞が聴き取りやすくて分かりやすい音楽を選ぶという。
また川上氏が手掛けたドワンゴの着メロ制作において、当初優秀な音大生に制作を依頼したところ、ふつうの人よりも多くの楽器の音を聞き分けられるため原曲に近い着メロをつくるのだが、高校生にはやかましく感じてしまい評判が悪かったという。楽器の音の数は本物に近いのにむしろ本物に聞こえないという矛盾が起きたそうだ。
さらに音大生は音割れを嫌いボリュームを調整していたが、高校生はたとえ音が割れても、音が大きいほうが質の高い着メロと判断する事が実験の結果としてわかったという。
これらから川上氏は以下のようにまとめている。
“コンテンツのつくり手側の人たちは、プロであればあるほど、とかく「本物」を届ける事にこだわりがちです。しかし長戸大幸さんがボーカルの声の聴き取りやすさを重視した例や、ぼくらの着メロサイトが音圧をあげる事で支持された例のように、一般の消費者のなかでも感度の高い人たちこそ、プロやマニアが軽視しがちなコンテンツの原初的な特徴の「分かりやすさ」を求める傾向があるというのは、まじめに受け止める事実であるようにぼくは思います。”
プロデューサーの立場として「ふつうの人はどう感じるのか」という顧客視点の重要性を感じるエピソードである。
もう一つはコンテンツのパターン化とオリジナリティについて。
インターネットの登場でユーザー自身がコンテンツをつくり発表できる場が増え、総クリエイター時代といわれて久しい。集合知という言葉が流行り、UGCサイトは世界中のユーザーがコンテンツをつくるので競争も生まれクオリティが上がると言われていた。
しかし川上氏はユーザーが自由にコンテンツをつくるUGCサイトは、コンテンツの実質的な多様性を減らす作用があるという。
“一般にユーザーが望むコンテンツのパターンというのは、実は少ないのです。ユーザーの欲望に忠実であろうとすればするほど、できあがるコンテンツは画一化してしまいます。UGCサイトではユーザーが無料でたくさんコンテンツをつくるから、競争の結果質も上がるし、多様性もあるというのは嘘であり、競争をおこなえばおこなうほど多様性は減っていくのです。
コンテンツの多様性を守るためには激しい競争(お金が儲かる)をしてはいけないのです。”
見せ方は違えど、現在のソーシャルゲームも、いかにも違った作品のように見せているがパターンは同じとのこと。これは音楽や映画、書籍の世界でもいえることだろう。
プロデュースの上ではユーザー視点が必要である一方で、コンテンツ制作の上ではユーザーの欲望に忠実である必要はない。
以前から意識しているが、このバランス感覚は重要に思う。
0 件のコメント:
コメントを投稿