2010年11月14日日曜日

【BOOK REVIEW】Jポップとは何か

Jポップとは何か (著)烏賀陽弘道



本書はJポップ現象を軸に、急激に巨大化してきた音楽産業の構造や受容環境の変化など、音楽を取り巻く様々な要素から分析を行い、日本の音楽シーンを見事にまとめあげている。
日本の90年代のJポップバブルには様々な背景があることが分かる。

まず音楽を聴く環境面では、バブル経済がはじけた後「ゆとりのある国民生活」「余暇時間の有効活用」を国が推進し「モノから文化へ」という流れが生まれたことが寄与しているという。
実際、その風潮を受けバブル経済がはじけた後にJポップバブルが始まる。

また音楽を視聴する環境では、CDメディアとウォークマンの登場が大きな変化をもたらしている。
オーディオ機器が一家に1台から一人に1台へと移り変わった結果、購買力の高い成人男性の趣味だった音楽鑑賞が、女性や十代の若者にも広がり、音楽ソフトを楽しむために必要な支出の比重はハードからソフトに移った。

それにより、制作者側は女性や十代の若者という新しいターゲットに訴求力のある商品を開発してヒットを狙った。
CD普及期に人気を獲得したのは、「プリンセスプリンセス」「永井真理子」「渡辺美里」「中村あゆみ」など、女性が共感を持てる「夢を叶えるべく前向きに頑張り成長していく女性像」を示したガールズポップだった。
これはターゲットをレコード購買層の男性から大きく舵をきったことの象徴である。

また制作側で言うと、スタジオ機材のデジタル化と質の向上により、簡単に安くレコーディングができる様になったことが大きい。
少ない人手で音楽をつくる省力化、安い制作費と短い時間で生産する効率化が一気に進み、1991年には年間510組がデビューするなど、歌手やバンドが大きく増加した。
ただ、スタジオミュージシャンがいなくてもプロデューサーのみで曲が完結することができるため、没個性化、画一化も進むことになる。

また、CMやドラマ主題歌などテレビとのタイアップ、カラオケ、歌手のキャラクター設計といった、音楽をヒットさせる要素が「楽曲そのもの以外」に増えるにつれ、作品づくりから商品づくりになり消耗品化してくる。
それは広告の表現が音楽に持ち込まれることになり、「社会のマジョリティが合意済、あるいは合意可能」な表現の範囲内でつくられる商品となり、制作側は表現のレンジや多様性を自ら放棄してしまったという。

リスナー側の変化は音楽を聴くという受動的姿勢から、音楽を表現するという能動的な姿勢になったということが挙げられている。
その自己表現の広がりが80年代後半のバンドブームでありその後のカラオケブームとなる。
カラオケブームの広がりは、その曲が好きかどうか以外に「自分にふさわしい音楽や歌手かどうか」がキーファクターになり、歌手やバンドのファッション、容姿、メディアでの発言、CDジャケットや広告デザインなど音楽以外の要素が重要になってきた。
確かにミュージシャンがアーティストと呼ばれ始めたのもこの時期かもしれない。

さらに、日本が世界と渡り合える経済大国になったためなのか、日本のポピュラー音楽も外国と肩を並べたと言うファンタージーや国際感を求めたという。
歌手のローマ字表記や歌詞の英語化の広がりである。
文法的に成り立っているものはほとんどない疑似英語であっても「英語で歌う日本人=インターナショナルに見える日本人」でリスナーは満足していった。
アジアへの海外進出などのニュースもリスナー側はインターナショナルな活躍として好意的に受け取っているが、制作側としては国内向けの話題づくりや宣伝であり、実際はアジアマーケットは日本より小さく大衆的な広がりにもなっていないため、売上には貢献していないのが実情である。

これら背景を見直すと、90年代はJポップ現象によるバブルだったことが分かる。
現在様々なところでCDが売れないと言われているが、それまでがバブルで売れすぎていただけなのではないだろうか。

レコードを買う行為が「音楽を聴く」から「歌手に対する支持の表明」へと移っていった80年代のアイドルを支える購買行動は、ジャニーズやAKB48など一部のアイドルでは続いているし、握手会などのイベントやオリジナルグッズなどの特典を付与しどちらが商材が分からないような本末転倒な販売方法も横行している。
それがCDの消耗品化に拍車を掛けているのは間違いないが、一方、消耗品化している音楽はYouTubeや着うたなどで無料視聴し、本当に好きでいつも聴いていたい音楽だけを買う傾向になっていきているようにも感じる。
CDショップやレコードメーカーは苦しいかもしれないが、フェスやライヴと言ったリアルな場の盛況や、モバイルの音楽配信などにより音楽著作者に支払われる著作権使用料が増えていることも含め、音楽産業にとっては本質的で良い傾向に思える。

そもそもCDは再販制に守られているため、価格の多様性は乏しく、外国と比べて価格設定が高すぎる。
本書でも指摘されているが、インフレの間はインフレ率分の実質値下げを消費者も享受できたが、デフレになっている今、実質値上げになっていて、世の中の他の商品の価格が下がる中CDは割高になっている。
他の業界に比べ、レコードメーカーは販売に関する企業努力を圧倒的に怠ってきているのだ。
著作権法や規制などを利用し既得権益を守っているだけでは、インターネットによる大きな環境変化で淘汰されていくのは時間の問題だろう。

CDマーケットの縮小、HMVの買収劇、Amazonによるmp3販売と何かとネガティブになりがちの現在、本書はそれらを気にする音楽ファンに気付きを与えてくれる一冊になっている。


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